稲がある風景

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私が育った町には田んぼが無く、稲が育つ過程を見ずに大人になりました。

今年県外に引っ越して初めて田んぼが身近にある生活を送っています。

梅雨時期の田植えから、夏の日差しの中で稲がすくすくと成長し、夏の終りごろから実をつけ始め、秋には立派な稲穂をつける。

季節を通して毎日見てきたこの稲が日本の食卓を支えていると思うと感動しました。

田植え後、田んぼの中に入ったカラスが稲を踏みつけていました。

数日後その稲を見ると他の稲と同様に並んでたっています。

踏まれても立ち上がる。

この話題になると、世間はよく雑草を引き合いに出しますが、稲も同じように踏まれてもまた立ち上がり、最期には実をつけて日本人の食卓を支えます。

その生命力と謙虚さには頭が下がります。

稲は成長すると稲穂を蓄えてだんだんと頭が下がってきます。

成長する度に頭が下がってくるのです。

これが一面皆人だとしたら何て謙虚な民族なのでしょう!

この民族は生命力の強さと謙虚さを併せ持った民族で、その人たちの間に争い事は無い筈です。

今の国際情勢を見れば、朝鮮半島の緊迫化でアメリカと北朝鮮が一触即発の状況です。

お互いを信じれず、威嚇し合い、このままいけば武力行使は避けられないでしょう。

そして戦争に関わった国は著しく国力が低下し、後に残るのは悲しみと後悔。

貧しさと悲しみの中からでも人はまた、稲のように立ち上がるでしょう。

でも今の時点で稲のように頭を下げ合って避けられるのならば戦争は回避してほしい。

戦禍の中でもがき苦しむ人々が必ずいるから。

稲のように謙虚にお互いを尊重し合って問題が解決してほしい。

と、成長した稲を眺めながら、ふと考えていました。

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